諸行無常は流転しない

諸行無常である、というこのこと自体は、常である。『万物流転の法則』自体は流転しない。そんな流転しない物事をできるだけ見ていたいね、ということで数学や物理について学んだりしようと思っているブログです。

可愛い、きれいな人に感じること

 

可愛かったり、
きれいな人に対して感じること。

 

正直なところ、
可愛かったり、きれいだったりする人と、
付き合ったり肉体関係を持ったりしたい。

それは人間の自然な欲求なんだろうと思う。

 

とはいえ、
体はグラマラスだが、
顔は何とも言えない感じの子というのも、
なにやらすさまじい色気を放っている。

 

壇蜜がわかりやすい例だが、
壇蜜は美人という感じというよりは
むしろ、
なんというか、
色気がやばい。

つまりはそういうことである。

 

わかりやすい美人よりも
わかりにくい美人というか
要するにえろさが大事ということである。

 

 

 

可愛かったり、きれいだったりする子には、
その外見にふさわしい内面を期待してしまう。

外見がきれいな分、
内面もイエスキリストかのようにきれいなんじゃないかと考えてしまいがちなのである。

 

きれいな顔をしていても、
ハラではなにを考えているのか、
何も考えていないのか、
考えすぎているのか、
そんなことはわかったもんじゃないのである。

 

 

 

きれいだったり可愛い人は、
人生がわりと楽勝というか、
イージーモードなので、
なんとなくストレートな考え方をしている気がする。

 

あんまり歪んでいないというか、
わりと満たされているというか。

 

 

それなりのスト値でも
欲求不満に悩まされることはないし、
だいたい棚から牡丹餅的に、
よきものが転がり込んでくる感じだと思われる。

 

みんなが気を使うし、
みんなが一目置くからである。

 

 

、、、とまぁ、
やはりかわいかったりする人を上に見ていることが認識される。

自分がかわいい子を特別視しているから
当然といえば当然の認識だと思う。

 

しっかり生きているぶすが好きなのかもしれない。

わりと大人で自立心のようなものや、
気遣い能力が高かったり、
自分よりも周りを優先しがちな感じのぶすが好きなのかもしれねぇ。

惹かれる。

きれいでかつ、そういう力をもつ女性には太刀打ちができねぇ。

 

僕の魂はそういう形。

 

さて、
しかし、そういう劣等感を一切無視して、
かわいい子にいきたい。

 

きれいな子にいきたい。

素直に、正直にかわいい子がいいのだから
かわいくてきれいな子にいきたいというのが今の心境。

 

きれいな子は面白いのか?

きれいな子は話していて楽しいのか?

その辺が大事なんだと思うけれども、
どうなんだ?

 

人によるとしか言えないのではないか?

 

 

 

 

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たまにみんな(あるいは友達とか、古い知り合いとか)に会おうという気持ちになる理由として、
自分が周りの中のどの立ち位置にいるのかを知りたい、
みんなの生活形態、欲望システムをふんわりと理解しておきたい
という欲求があるかと思う。

 

自分の感覚ってこれで合っているんかな?
とか、
こういう感情を自分は抱いているのだが、
この気持ちは大勢が持つものなのか、マイナーな人が持つものなのか
あるいはそんなことを考える人は誰もいないのか、
そういうことをざっくりと理解したいのかもしれない。

 

 

しかし、最近思うところによると、
「みんなの中でどういう立ち位置なんだろう?」

というときに参照する「みんな」とは、
結局、非常に曖昧極まりないものだということだ。

参照したところで
ほとんど役に立たないのではないかと思えるほどの
か弱い存在だと思うわけである。

 

まあ確かに、
「みんな」というものをたくさん作って、
いろんなコミュニティに属して、
いろんな価値観を知ることで、
「みんな」というもののイメージが固くなっていくのかもしれない。

より参照に値するものになるかもしれない。

 

けれども、なぁ、
そんなにたくさんのコミュニティに入り続けるのも大変だし、
コミュニティに入るモチベが自分の居場所確認というのも
不安ベースで悲しいし、

結局、大きな枠組みとしての、
法律なんかを守っていれば、
別にだいたい何してもいいということが、
この世のルールなのではないかと思うわけである。

 

 

自分の周りにある「みんな」なるものを参照しても、
窮屈になるだけというか、
それほど密にかかわってもいないのに、
縛られるのがめんどうくさいというか、
そういう感じになってきたというわけである。

 

山仕事ばかりしているから
そういう感覚になるのかもしれない。

 

 

今の世の中はだいたい街で仕事をしている人のほうが多いし、
街の仕事だと周りとのあれこれが大事になってくるわけではあると思うのだが、
山仕事、畑仕事くらいだと
それほどそういう人間交渉なんかないから
どんどんと人間関係をさぼってしまうという感じなんかなぁ。

 

 

可愛かったり、きれいだったりの人は、
社会の真ん中のほうにいるイメージだから、
なんとなく、
自分とは遠い存在だと感じやすい。

 

だからなのか、
なんとなく敬遠してしまいがちなんかなぁ。。

 

とりとめがなさすぎるのでおわり。

 

おわり